ぼくは覚えるのがニガテだ。超苦手だ。

高校生のある日、決めた。1年生の冬だったと思うんだけれど。

一切の覚える……少なくとも「暗記」をやめると。

英単語を覚えることを放棄した。物理も数学も公式を覚えることを放棄した。使っているうちに自然に覚えるのはOK。覚えるために覚える行為は一切しない。

そうか、もともと覚えないようにしていたんだけど、意識的にしないことに決めたのが高校1年生の冬か。

正直言って、困ることもたくさんあった。数学の試験で、50分中30分は公式を導出している、とかね。

大学受験のよいところは、高校の定期テストの点数が関係ないことだった。少なくとも僕たちのときは。今みたいに内申点とかが考慮されると大変だよなあ、とおもう。

電話番号も覚えないし(当時は覚えないといけなかったのだ!)、自転車のダイアル鍵の番号も覚えない。「4桁の数字など覚えられないから、ダイアル式のカギは使えない」という話をしたら、ゼミの同級生に憐れそうな目で見られた。彼はその後はてなを創業した。記憶力の差で人生が変わったのかな(違うか)。

大学院に行くまではたいして困らなかった。ロスビーの変形半径 がよく出てくるようになってから、導出も面倒だし覚えるのももっと面倒だし……と心底困った。

さて、覚えなくても(たいして)困らないんだ、と主張し続けてきて、憐れな目で見つめられ続けてきて、その理路を説明する方法がなかったんだけど、このあいだ発見した。

「おぼえる」と「わかる」は違うという図である。

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1975年の本。イントロだけ読んだが、これが広まれば、人類はもっとかんたんに幸せになれるのに、という気さえした。

みんなさ、おぼえるの、やめようぜ。