こわれものを、なおす
ここしばらく、壊れたものを直してばかりのような気がしている。
たとえば、たまたま今日起きたことは、KIKIGAKI 聞書 という文字起こしツールを愛用しまして。朝起きたら、思い通りに動かなくなっていました。本当は今日原因を仕込んだわけじゃなかったんだけれど、現象(ぼくの印象)は、「朝起きたら使えなくなっていた」のですね。
昼間は直せなかったので、夜になって原因を突き止め、直した。ということがありました。
たとえば昨日なら、NASのソフトウェアアップデートをして設定を修正し、ラズベリーパイで構築している広告ブロッカー、Pi-holeをアップデートして、潜在的な不具合を修正しました。
ここしばらくはセキュリティ関係の修正が多くて。その背景には、PHPのセキュリティホールが見つかったので、その対応だったり、ついでにパスワード系やログイン系で危ないやつに対応したり。
セキュリティ関係の対応が多いのは、ワルモノがAIエージェントを活用しているからなんですけれども、自分でも個人的にAIエージェントでいろいろ作っています。これらのソフトウェア製作物は、ふつう1回つくって終わりじゃなくて、修正修正の無間地獄に入るみたいなところがありましてですね。使えないから直すのもあれば、さらに良くするアイディアを思いついて直すこともあり、常に直し続けることになるのです、だいたい。
ソフトウェアというものは、そもそも直し続ける運命にあるのです。ソフトウェアをいじる楽しさは、この「ちょこちょこ直せる」にあるのも事実で。ふだん使っている道具が、使うほど練度が上がり、完成度があがり良いものに育つプロセスが楽しい。ガーデニングとかファーミング、手入れに近いものがあるかと。人間の本能に根ざしているのかもしれないですね、しらんけど。
その楽しみと引き換えに、うまくいかなかったときの苦しみ……昨今は苦しみではないかもしれないな。AIエージェントがあれこれやっているのを待つのがめんどうくさい……。今話題のMuseみたいなAIエージェントアプリも出てきて、うれしい悲鳴はさらに重なることに……。

▲ Museのアバター。猫の手も借りたい……的な
リアルワールドって原因がわからないこと多いですよね。原因追究する機会・場がなかったり、再現環境がなかったり、たとえば人間関係みたいに原因がわからない(わかりにくい)ものも多い。
それと比べるとソフトウェアは、だいたい問題の原因が特定できて修正できる。もちろんできないこともあるけど、多くの場合はできる。だから現実逃避にちょうどいい。「問題解決遊び」としておもしろい、という側面は大きい。そこでつい遊んでしまう。
そんなわけで、今日も半分はめんどうくさく、半分以上は楽しい体験をしつつ、ああ、なんか今日もなんか直してばかりやわ。そんな日々が続くなあ。という日々を過ごしているのでした。
